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繋善言轂 よきことつなぐこしき 文明史家・日本人のための世界史作家・生命力を高める文章家
小園隆文 です。
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【裏・大河ドラマ】ブログ 家康が生きた十六世紀のヨーロッパ史。
前回のブログでは、フランス王シャルル八世がナポリ王国を征服、その国王に即位したまでを書きました。
シャルル八世のフランス王軍、ここまでは数にもの0000を言わせて勢いだけで突き進んできたものの、ナポリはフランス本国から遠く離れた南の地。その物資や兵員の補給のためには、これまでと同じくイタリア半島を南下してくるか、地中海を経由しなければなりません。がしかし、地中海はスペインの海軍がにらみを利かせています。ではイタリア半島はというと…。
1495年3月31日、ヴェネツィア共和国が中心となって「神聖同盟(ヴェネツィア同盟)」という同盟が結成されます。参加したのはヴェネツィア共和国、ローマ教皇、神聖ローマ帝国皇帝、スペイン王国、ミラノ公国とその他のイタリア各都市。ローマ教皇が参加する同盟は、すべからく「神聖」になってしまうので、この後も同じ「神聖同盟」が何度も出てきますが、内容はほとんどが反フランス同盟です。ヨーロッパ国政政治史において、フランスは何度も「反仏○○同盟」というのを締結されています。時代としてはこのイタリア戦争期(15世紀後半~16世紀半ば)、太陽王ルイ十四世時代(17世紀後半~18世紀初頭)、ナポレオン戦争時代(1790年代~1815年まで)、この三つの時期に集中しています。記憶が比較的新しいのと、ヒトラーのイメージがあまりにも悪いために、「ドイツが常にヨーロッパの平和をかき乱してきた」かのような印象を持たれることもありますが、ヨーロッパの歴史においてその騒乱の中心にいたのは、ほとんどフランスです。それだけフランスがヨーロッパ大陸の重要な位置を占めて、その国力は常に高く、周辺国に攻め入ることが多かったことと、意外と外交が下手だったために、周辺国をほとんど敵に回してしまうことが多かった、ということなのですが。
その一か月前の1495年2月、シャルル八世はそんなこととは露知らず、意気揚々と外線の帰途に就きます。しかしシャルル八世は浦島太郎状態。ナポリで歓喜に浸っている間に、自軍を取り巻く情勢は来た時とはガラッと激変していました。6月1日にローマに再入場を果たすも、来た時には「我が息子よ」と抱擁してくれた教皇アレクサンデル六世は不在。さらに悪いことには、せっかく獲得したナポリ王国が、国王の大軍が離れた途端に、スペインのフェルナンド二世によって再び奪還されてしまい、「ここまでやってきたことは一体何だったのか?」という事態に。しかし嘆いている暇はありません。グズグズしていたら、同盟軍に包囲されてしまいます。ここは一度帰国して捲土重来、北上を急ぐフランス王軍を、神聖同盟の軍がフォルノーヴォという北イタリアの都市で待ち受けます。
このフォルノーヴォでフランス王軍と神聖同盟軍の激戦が繰り広げられました。結果としてフランス王軍は勝つには勝ったものの、甚大な被害。どうにか神聖同盟の包囲を切り抜けて1495年10月にフランス帰還を果たします。しかし当初の目的だったナポリ王国は結局手に入らず、さらにはヨーロッパ中を敵に回しての戦いで甚大な被害。さらに同年12月、王太子シャルルが急死したことで、ヴァロワ家の本家筋の断絶が決定的に。翌1496年には、そのナポリ王国が前王フェルディナントの相続人に移譲されます。それでもシャルル八世は「再度ナポリへ!」の夢想を捨てることなく、スペインとナポリ王国分割を条件に同盟を結ぶなどして、その野心を隠そうとしません。一度は手に入れながら、スルッとその手をくぐり抜けてしまったナポリ王位。それだけに夢想家のシャルル八世にとっては、より一層「手に入れたい!」という欲求が強くなったのかもしれません。がしかし…。
1498年4月7日、シャルル八世、アンボワーズ城で急死。その死因は、城の改築工事を視察中に柱に頭を強打して、というもの。私、故人には大変申し訳ありませんが、この死因を初めて読んだ時、笑いをこらえるのが大変でした。よりにもよってそんな理由でか?というような、あまりにも呆気なさすぎる最期。これでヴァロワ家本流は途絶え、次の国王は分家のヴァロワ・オルレアン家のオルレアン公ルイが、ルイ十二世として即位します。
これでナポリ継承権を主張する王もいなくなったことだし、しばらくは平和が…、とはなりませんでした。次のルイ12世もまた、古い系図を引っ張り出してきて、イタリアへの領有意欲を隠そうとしません。して今度の標的となる都市は…?
この続きは次回のブログで。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
繋善言轂 よきことつなぐこしき
文明史家・日本人のための世界史作家・生命力を高める文章家
小園隆文
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