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【裏・大河ドラマ】家康が生きた十六世紀のヨーロッパ史  プロローグ

執筆者の写真: 小園隆文小園隆文

こんにちは。文明史家・日本人のための世界史作家・生命力を高める文章家の小園隆文です。


ブログを読んでいただき、ありがとうございます。


このブログは新シリーズ、【裏・大河ドラマブログ】家康が生きた十六世紀のヨーロッパ史になります。大河ドラマに便乗して、ということでもありませんが、徳川家康(1543~1616)が生きた戦国時代、ヨーロッパ史に当てはめれば十六世紀という時代が、ヨーロッパ史の中でも特に面白い、そして日本との関わりも出始めるとても興味深い時代になりますので、2023年の大河ドラマの進行に合わせて、書いていこうと思い立ちました。


写真 右・徳川家康 中央・スペイン王フェリペ二世

左上・イングランド王エリザベス一世 左下・フランス王アンリ四世


初回の今日は、1500年代のヨーロッパの状況を概観から。


前世紀の15世紀、1400年代の後半からイタリア半島を中心にして始まった、「ルネサンス」と呼ばれる文化現象が、イタリア半島からアルプスを越えてヨーロッパ全体に行き渡っていきます。十字軍や東方貿易によって、イスラム世界からヨーロッパに「逆輸入された」古代ギリシア・ローマ文化の影響による、ヨーロッパの「原点回帰運動」です。レオナルドダヴィンチ、ミケランジェロといった大芸術家たちの活躍がよく知られるところですが、「ルネサンス」はそういった文芸面のみにとどまりません。それは宗教や政治に及ぶ、より広範な「原点回帰運動」です。


では、その原点とは?それは古代ギリシア・ローマ文化の華やかかりし時代です。そして古代ギリシア・ローマ時代と、15・16世紀ヨーロッパの決定的な違いとは?それは「キリスト教の影響の有無」です。ルネサンスとは、キリスト教の信仰は信仰として持ちつつも、その他の面では、あまりにも強すぎるキリスト教の影響力から抜けて、もう一度素のままの人間性を取り戻そう、という「原点回帰運動」です。その原点となるのが、ヨーロッパでは、古代ギリシア・ローマ文化でした。


そしてそのキリスト教についていえば、「宗教改革」と呼ばれる一大運動が起こるのが、この16世紀です。サンピエトロ大聖堂の改装費用を捻出するため、持てば天国に行ける?という贖宥状というお札を売りまくるローマ教会に対して、ドイツはヴィッテンベルクの修道士、マルティン・ルターが異議申し立てをしたのが、1517年。以後この運動は、ドイツのみにとどまることなく、あっという間にヨーロッパ中に広まります。それはやがて、プロテスタント(抗議する者)と呼ばれる新しい宗派を生み出し、その宗派の一部であるカルヴァン派が大西洋を越えてアメリカ大陸に渡り、後のアメリカ合衆国の建国とその精神に重大な影響を与えることになります。一方のローマ教会は、自らをカトリック(普遍的な)と名乗り、プロテスタントへの「対抗宗教改革」の一環として、やはりヨーロッパ以外の地域への布教活動に乗り出していきます。イエズス会という修道会が結成され、その修道士として日本にやってきたのが、フランシスコ・ザビエルです(1549年)。この六年前の1543年には、ポルトガル商人が種子島に来航し、鉄砲を伝えています。ヨーロッパと日本が初めてかかわりを持つようになったのが、この16世紀です。


なぜポルトガル商人やイエズス会のザビエルが、日本までやってきたのか?この16世紀のヨーロッパは、「大航海時代」と呼ばれています。当時まだ貧しかったヨーロッパ諸国にとって東方、特にオリエントやインドの物産はとても貴重なものでした。イタリアのヴェネツィアやジェノヴァなどは、この東方貿易によって大きな富を築きました。しかし1453年、ヨーロッパとオリエント・インドの間に、オスマン・トルコ帝国という巨大な壁が立ち塞がります。この年にコンスタンティノープルを陥落させ、東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン・トルコ帝国は、さらにバルカン半島でも領土を着実に増やし、ヨーロッパ諸国の一大脅威となります。このオスマン・トルコ帝国は、ヨーロッパの全諸国が束になってもかなわないほど強大でした。でもオリエントやインドに行って貿易したい。そこで今までのように、地中海からオリエントやインドに向かうルートを使えなくなったヨーロッパが、「新規航路の開拓を」期して始まったのが、「大航海時代」です。大西洋に面するという地の利に恵まれたポルトガルとスペインが先陣を切って、大西洋を南下→アフリカ大陸の南端を東進→インド洋そしてアジアへ、というルートを開拓。その延長として日本にも到来しました。「大航海時代」という名前は勇ましいですが、実態は戦ってもトルコに敵わなかったという、怪我の功名によるものです。


そしてヨーロッパ大陸の情勢。この16世紀を挟んで、14~16世紀(1400年代~1600年代)の時代に、今のフランス・スペイン・イングランドといった国々が、徐々に現代に近い国の形を整えてきました。スペインはレコンキスタ(国土回復運動)によってイベリア半島からイスラム勢力を追い出し、国の統一をほぼ完成。フランスは百年戦争によって国内のイングランド王の所領をほぼ取り返し、王権を強化。イングランドは「ばら戦争」という内乱で貴族の力が弱まり、やはり王権強化と国の統一が進みます。一方それに対してドイツは、神聖ローマ帝国という、あやふやな帝国の存在によって諸侯が分裂状態。イタリアも各都市が独立国家状態でバラバラの上に、ローマ教皇だけが君臨している状態。

そしてバルカン半島には、オスマン・トルコ帝国が勢力を拡大し、ヨーロッパでの領土拡大を虎視眈々と狙っている。まさしくこの時、ヨーロッパもまた、日本と同じく群雄割拠の戦国時代した。


そんなヨーロッパの激動16世紀史を、【裏・大河ドラマ】として、お伝えしていきます。本家の大河ドラマ『どうする家康』と合わせて楽しんでいただければ幸いです。


今日もブログを読んでいただき、ありがとございました。


文明史家・日本人のための世界史作家・生命力を高める文章家


小園隆文


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​小園 隆文 こぞの たかふみ

日本人のための世界史作家

080-7181-7900

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