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ご先祖様供養をしている家の子供は…?

執筆者の写真: 小園隆文小園隆文

こんにちは。歴史作家の小園隆文です。


『日本再生の第一歩 それはご先祖様供養』というタイトルで、三回にわたりご先祖様供養の大切さと、それが一人一人の日本人がまずは比較的手軽に取り組むことができる、日本再生への第一歩であることを、私の個人的体験を通して力説しました。


しかしながら、このことを唱えたのは、私が初めてではありません。約八十年前にも唱えていた人がいます。その人の名は柳田國男。日本民俗学の第一人者とされる大家です。今日は柳田氏がその著書の中で唱えた、私が最も共感した部分を抜粋して、ご先祖様供養の大事さを改めて訴えかけます。


柳田氏が約八十年前に著した書の名は、『先祖の話』。書かれたのは昭和二十年(1945)年。ご承知のように、日本が大東亜戦争に敗戦した年。日本が明治維新以降、約八十年にわたって取り入れ、積み上げてきて、日本を一躍世界有数の強国にのし上げた西洋近代文明の礎が、一気に崩壊を余儀なくされた時です。もちろん礎と言っても、それは日本古来の歴史・伝統・文化の上に乗せられた仮の器に過ぎなかったのですが。


しかしながら、それは日本国始まって以来の、最大の危機ともいえる事態でした。どんな危機かと言えば、戦争という究極の物質力の戦いに敗れたこと以上に、「日本人の精神崩壊の危機」でした。失った物質は、いつでもまた作り直すことができます。現に日本は、敗戦からわずか十数年後には奇跡とも呼ばれる経済復興を果たしました。むしろ、直接は目にすることができない精神の方が、一度失われてしまうと再度の立て直しが困難です。


柳田氏はこの書を、昭和二十年四月頃から書き始めています。まだ戦争は続いていましたが、前月三月十日には東京が大空襲で焼け野原となり、すでに敗色濃厚なことは多くの国民には感じれていました。多くの国民の気持ちを覆っていたのは、「この先、日本はどうなってしまうのだろう…?」という言い表しようのない、先の見えない不安。このことは想像に難くありません。


この精神の危機の時期にあって、柳田氏は長年民俗学者として、日本各地を歩き回ってその風土・文物を見聞してきたある種の集大成として、この『先祖の話』を上梓しました。その説くところは、そのものズバリ日本人の、そして日本各地に観られる先祖供養の在り方です。柳田氏はこの著書の中で、日本各地の先祖供養の模様を事細かに紹介されております。その一つ一つをここで書くわけにはいきませんので、詳しくは同書をお読みください。そしてこれらの日本各地に遺る先祖供養の在り方を通じて、多くの日本人にとって先祖とは、そして先祖を供養するとはこういうことだ、ということをまとめておられます。以下、同書の中の「六四 死の親しさ」より抜粋いたします。


第一には、死してもこの国の中に「霊」は留まって、遠くへは行かぬ、と思ったこと

第二には、顕幽二界の交通が繁く、単に春秋の定期の祭だ祭だけではなしに、いずれか一方のみの心ざし(志)によって、 招き招かるることが、さまで(さほど)困難でないように、思っていたこと

第三には、生人の今わ(今際)の時の念願が、死後には必ず達成するもの、と思っていたこと

で、これによって、子孫のためにいろいろの計画を立てたのみか、さらに、再び三たび生まれ代わって、同じ事業を続けられるもののごとく思った者の多かった、というのが第四である。

(柳田國男『先祖の話』「六四 死の親しさ」 石文社 より)


私なりに要約いたしますと、

(一)人は肉体は滅びても、霊(魂)はそこに留まる

(二)霊(魂)となればこの世とあの世を自由に行き来できて、特別なお祭りの時だけではなく、普段の日常でも生きている人と霊(魂)となったご先祖様、どちらかのこころざし次第で、来たり来なかったり出来る

(三)ご臨終間際に願ったことは、死んだ後でも実現する

(四)霊(魂)となったご先祖様は、子孫のために色々考え、またいつかは生まれ変わって生前中と同じことを続けられる


多くの日本人は、ご先祖様にこのような思いを抱いて、素朴にご先祖様供養を慣習としてきた、と柳田氏は言います。


また私がこの書の中で心に残ったもう一つの個所が、死後の霊(魂)はどこに行くのかを書く中で、例えば仏教では西方の極楽浄土、道教では蓬莱なる理想郷を持つのに対し、日本古来の信仰では、そうした場所を持たなかった。それはなぜかと言うと、「一言葉で言うなら、それは、どこまでもこの国を愛していたからであろうと思う」と書かれています。(同書「七〇 はふりの目的」よりの抜粋)


そう、いかなるご先祖様たちも、自分の子孫を愛おしく思い、同時に自分が生きたこの列島、日本という国を愛して、遠くに行かずに近くで見守ってくれているのです。この感情は宗門宗派、政治信条、出身地、血筋、家柄などなどを超越した、日本人としての、もっと言えば人としての素朴な感情なのではないでしょうか。


であるなら、このようにして自分を、その家族を、住んでいる町や村を、そして国を愛して見守ってくれているご先祖様方のことを敬い、感謝し、日々細やかながらもご供養差し上げるということは、遺された子孫としてはある意味、当然のことなのではないでしょうか。


こうして一人一人の日本人、各家庭でご先祖様を供養することで、自分とその家族の歴史と根源への想いと愛着が深まる。それが自分の家族の子孫=未来への想いに繋がる。各家庭でそのような思いが強まり、ご先祖様供養が社会の習慣として根付いていくと、それが地域に、自治体に、そして国全体でも、それぞれの過去をきちんと受け止めて愛し、その思いを未来へと繋げていこうとするようになる。


繰り返しになりますが、「ご先祖様供養が大事」。これが一人一人の日本人の、そしてひいては日本国全体の再生に繋がる。この『先祖の話』のこの部分を読んで、私はますますその思いを強くした次第であります。


ご先祖様供養の風習が廃れて久しい、と嘆かれる昨今ですら、多くの日本人はお盆の時期になると、それぞれの故郷に民族大移動します。それが例え二泊三日ほどの強行日程であろうとも、行き帰りの高速道路の帰省&Uターンラッシュにクタクタになろうとも、それでも多くの日本人はお盆にはそれぞれの故郷に帰省して、実家の両親や祖父母と過ごし、ご先祖様のお墓参りをします。日本人の遺伝子に組み込まれている「ご先祖様供養」のDNAは、たかだか70年ほどの自虐史観教育によってかき消されてはいません。そこに私はまだ希望を抱いております。


色々な事情で帰るべき故郷がない、家のお墓がないという方には、お部屋にお仏壇とお位牌を飾って、毎日手を合わせるという方法もあります。現実的なことを言えば、こちらの方が経済的にも優しい。どこかのお寺の檀家になるのが煩わしいという方には、無理に檀家にならずともお仏壇を飾って、ご先祖の戒名だけ付けてもらって、それで毎日手を合わせることだって可能です。まずは一人一人が、今のご自身の生活条件の中で、最も簡易に取り組める方法でご先祖様供養を始めてみませんか?


最初の動機は、「ご先祖様が守ってくれる」「何らかのご利益をもたらしてくれる」という、俗物てきなものでも構わないでしょう。はっきり言えば私だってそうでした。ここまで偉そうなことを述べてきましたが。ですが毎日の習慣として続けていくうちに、現世利益を求めるよりも、自分が脈々と受け継がれてきた命の繋がりによって、今ここに生かされていることに、感謝できるようになります。そして自分のこれまでの人生を肯定的に受け止められるようになります。それはまた、自分の未来を肯定的に創造していく原動力となります。


ある作家の方が少年院で講演をした際に、「実家に仏壇がある人は手を挙げて」と聞いたら、誰も手を挙げなかったことに驚いた、というエピソードがあります。このエピソードで分かることは、ご先祖様供養をきちんとすることは、当人だけではなく、子供がいる家庭では子供の人生にも影響を及ぼす、ということです。親がきちんとお仏壇に手を合わせてご先祖様供養をする。その姿を見せるだけで、その家の子供は少なくとも道を踏み誤ることはかなり少なくなる、ということです。


あなた一人のためはもちろん、それだけではなく過去のご先祖様、そして未来の子孫のためにもご先祖様供養をしましょう!


今回はここまでとさせていただきます。


お読みいただき、ありがとうございました。



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ような、ヨーロッパの歴史本です。

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​小園 隆文 こぞの たかふみ

日本人のための世界史作家

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